taiki-t's diary

きぎょうにっき, React Native, Rails そして雑多な記録: The world is waiting for you to give it the meaning.

運がいいとか悪いとか

よく運気をあげるとかいう話を聞く。運をよくすれば物事がうまくいくとか。ただそれだけを聞くと眉唾というか実態のない怪しいものを崇めるような雰囲気が漂う。

運気をあげるために日頃の行いをよくしなさい、的な。

これ、運気っていうとよくわからないけど、「人に声をかけてもらえるかどうか」ってことに換言すると、そうだなと思う。

良い話を回してもらえるかどうかというのは、結構その人の人柄にかかっていると思う。というか、良い話をわざわざ嫌な奴に話す人はそういないだろう。

で、その人柄ってのは日頃の行いの積み重ねだ。

そういう意味で、運をよくするために行動を改めるというのは理にかなっていると思う。 どこで誰が何を見ているかはわからない。人の悪口やポイ捨てなどがたまたま見られていて「あ、こいつに話すのはやだな」って思われたら運気が下がる。 つまり人に良い話を持ってきてもらえなくなる。 *1

運も実力のうちとはそういうことだ。*2

けっして壺を買うとかそういうことじゃない。短絡的に壺買えば運気が上がるなんてのは絶対に信じてはいけない。*3


*1:かのリチャード・ブランソンが、自殺相談だかの電話に親身に対応していたおかげで、忘れた頃に有益な情報を教えてもらって助かったとかいうエピソードがあった気がする (アフィリンク: ヴァージン―僕は世界を変えていく) 。 それを幸運と呼ぶならば、そういう幸運に恵まれるかは自分次第だ。 途方に暮れた時に人に手を差し伸べてもらえるかとか、そういうもそう。

*2:わかっていはいるけれどそういう意味で僕は実力がない。不親切で無礼だ。結構損してきたと思う。でもこういう内容をかけるぐらいには声をかけてもらってきた。ありがたい。

*3:壺買って運気が上がる人は一部いるだろう。つまり「こんな壺を持ってるということは、信用できる」と思考するような、力のある人が周りにいるかどうかだ。 あいにく僕の周りには骨董好きもいないし、そんな壺を選ぶ審美眼も自分は持ち合わせていない。壺がメタファーだとすればもう少し範囲は広がる。適当な美術品その他に置き換えてもいい。例えばいい美術品を持っていれば、レオナルド・ディカプリオに自宅に招待してもらえるなんて「ラッキー」も起こるかもしれないね。この場合のラッキーとは、自分の想定外、あるいはコントロール外にある「自分にとっての良いこと」が自分に降りかかって来ることかな。そういうものが思いがけず自分の手元に飛び込んできたら、嬉しくて自然と自分はついてると思えるものね。